「もっと経営目線で考えてほしい」が社員に伝わらない理由

「もっと経営目線で考えてほしい」
社長であれば、一度は社員に対してそう感じたことがあるのではないでしょうか。
経営者の方と話していると、
「何度言っても社員に伝わらない」
「もっと自分で考えて動いてほしい」
「結局、全部こちらが指示しないと進まない」
という相談を受けることがあります。
社長としては、会社全体のことを考えて伝えているつもりなのに、社員には思ったように伝わらない。
このズレに悩んでいる社長は、かなり多いように感じます。
会社のことを考えてほしい。
もっと利益を意識してほしい。
目の前の作業だけではなく、全体を見て判断してほしい。
そう思って伝えているのに、なかなか社員には伝わらない。
それどころか、
「また社長が急に違うことを言い出した」
「現場のことを分かっていない」
「結局、何をすればいいのか分からない」
と思われてしまうこともあります。
なぜ、このようなズレが起こるのでしょうか。
それは、社長と社員では見ているものが違うからです。
社長が見ているのは「今日の仕事」だけではない
社長は日々、会社全体のことを考えています。
売上、利益、資金繰り、採用、離職、顧客満足、取引先との関係、将来の投資、会社の方向性。
これらを同時に見ながら判断しています。
たとえば、同じ「対応を早くしよう」という話でも、単に急がせたいから言っているわけではありません。
お客様の信頼を守りたい。
リピートにつなげたい。
紹介が生まれる会社にしたい。
他社ではなく、自社を選んでもらいたい。
こうした複数の前提があって、判断しています。
しかし、社員にはその背景が見えていないことがあります。
そのため、社長が
「もっと早く対応しよう」
「AIを使って効率化しよう」
「今のやり方を変えよう」
「もっとスピードを上げよう」
と言っても、社員からすると、
「また急に方針が変わった」
と感じてしまうことがあるのです。
社員は、まず目の前の仕事を終わらせようとする
一方で、社員はどうしても目の前の仕事を中心に見ています。
今日やる仕事。
上司からの指示。
自分が担当している作業。
締切までに終わらせること。
ミスなく処理すること。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。
社員は、与えられた役割の中で一生懸命仕事をしています。
ただ、会社全体の数字や、社長がそう考えた理由まで共有されていなければ、どうしても自分の担当範囲を基準に判断することになります。
社長は目的を見ている。
社員は作業を見ている。
ここに、話が噛み合わなくなる大きな原因があります。
私自身も、以前は「ちゃんと説明したのに、なぜ伝わらないんだろう」と感じることがありました。
でも後から振り返ると、伝えたつもりになっていただけで、相手が動けるところまで具体的に落とし込めていなかったのだと思います。
こちらは目的を話しているつもりでも、相手からすると「で、何をすればいいのですか?」という状態だったのかもしれません。
社員が社長と同じ危機感を持ちにくい理由
もう一つ大きいのは、社長と社員では背負っているリスクが違うということです。
社員は、基本的には毎月決まった給料を受け取る立場です。
会社の成果が上がれば、賞与や評価として返ってくることはあります。
ただ、会社の成果が下がったからといって、すぐに給料がゼロになるわけではありません。
もちろん、社員にも生活があります。
家族がいたり、住宅ローンがあったり、毎日の責任を持って働いています。
ただ、会社の赤字や借入、固定費の支払いを直接背負っているわけではありません。
社長は、売上が下がっても社員の給料を払わなければいけません。
利益が出なくても、家賃、社会保険料、税金、借入返済などの支払いは続きます。
場合によっては、自分の報酬を下げてでも会社を守る必要があります。
このリスクの差は、とても大きいです。
だから、社員にいきなり
「経営目線で考えてほしい」
と言っても、社長と同じ感覚で考えるのは簡単ではありません。
社員が悪いという話ではありません。
背負っているものが違うので、見える景色も違うのです。
「経営目線で考えて」は、そのままだと伝わりにくい
社長にとっては、
「利益を考えよう」
「会社全体を見よう」
「もっと主体的に動こう」
という言葉は、当たり前のように感じるかもしれません。
しかし、社員からすると、それだけでは具体的に何をすればいいのか分からないことがあります。
たとえば、
「利益を意識して」
と言われても、
どの作業時間を減らすのか。
どの商品を優先して売るのか。
どのお客様に力を入れるのか。
どの判断なら現場でしてよいのか。
何をやめて、何を優先すればいいのか。
ここまで落とし込まれていなければ、行動に変わりません。
つまり、「経営目線で考えて」と言われても、社員からすると何をすればいいのか分かりにくいのです。
顧客対応でも、社長と社員の見え方は違う
顧客対応は、社長と社員のズレが出やすい場面です。
社長が「もっと早く対応してほしい」と言ったとします。
社長の頭の中には、顧客満足、リピート、紹介、次の受注への影響があります。
お客様への返事が遅れることで、信頼を失うかもしれない。
次の注文につながらないかもしれない。
紹介が生まれにくくなるかもしれない。
競合他社に流れてしまうかもしれない。
そう考えているから、「早く対応してほしい」と伝えます。
でも社員からすると、
「今やっている作業を止めてまで対応するべきなのか」
「どのお客様を優先すればいいのか」
「どのレベルまで自分で判断していいのか」
「早く対応してミスをしたら怒られるのではないか」
が分からないことがあります。
この状態で「もっと早く」とだけ言われると、社員は動きにくいのです。
社長としてはスピードを求めている。
でも社員としては、今やっている仕事を中断してよいのか判断できない。
社長はお客様との関係や将来の売上を見ている。
社員は今の作業と目の前の指示を見ている。
ここでも、見ているものの違いが出てきます。
だから顧客対応を早くしてほしいなら、
「早くして」
だけではなく、
どのお客様を優先するのか。
どの問い合わせは即対応するのか。
どこまで現場で判断していいのか。
返信が遅れそうなときは、どう共有するのか。
ミスを防ぐために、どこを確認するのか。
ここまで決めておく必要があります。
そうすると、社員も動きやすくなります。
AI活用も、目的を共有しないと進まない
最近であれば、AI活用も分かりやすい例です。
社長は、
「業務を効率化したい」
「人手不足を補いたい」
「利益を出しやすい体制にしたい」
「社員の負担を減らしたい」
「会社として新しい時代に対応したい」
という目的で、AIを使ってほしいと考えます。
社長からすれば、AIを使うことで作業時間が短くなり、社員の負担も減り、会社全体の生産性も上がると考えています。
でも社員からすると、
「新しいツールを覚えるのが大変」
「今のやり方でも仕事は回っている」
「AIで仕事が増えるのではないか」
「自分の仕事がなくなるのではないか」
「間違った答えを出されたら誰が責任を取るのか」
と感じることがあります。
社長は会社全体の生産性を見ている。
社員は目の前の作業負担や、自分の仕事への影響を見ている。
この違いを埋めないまま進めると、AI活用もなかなか定着しません。
「AIを使って」
だけでは、社員は動きにくいです。
どの業務に使うのか。
何を楽にするために使うのか。
どこまでAIに任せてよいのか。
最後に人が確認するポイントはどこなのか。
使った結果、どれくらい時間を減らせればよいのか。
ここまで決めておくことで、現場は使いやすくなります。
AIを入れることが目的ではありません。
本来の目的は、仕事を楽にすることだったり、判断を早くすることだったり、お客様への対応を良くすることだったりします。
その目的が伝わらないままツールだけ入れても、現場では負担が増えたように感じられてしまいます。
社長の頭の中を、そのまま社員は見られない
ここで大切なのは、社員に経営者と同じリスク感覚を求めすぎないことです。
社員に、社長とまったく同じ感覚で考えてもらうのは難しいものです。
だからこそ社長の仕事は、経営の目的を現場が動ける言葉に置き換えることです。
「利益を上げよう」
だけではなく、
この作業を30分短縮しよう。
このお客様への返信は当日中にしよう。
この問い合わせは担当者判断で先に返事をしよう。
この業務はAIで下書きして、確認だけ人が行おう。
この作業は、今月中に手順を見直そう。
ここまで具体化して、初めて現場は動きやすくなります。
大きな方針を語るだけでは、社員は動けません。
何を、いつまでに、どのレベルで、どうやるのか。
そこまで落とし込む必要があります。
社員が動かないのではなく、動ける形になっていない
中小企業で起こる問題の多くは、社員の能力不足ややる気不足だけではありません。
社長は目的を話している。
社員は作業として聞いている。
このズレが、思っている以上に大きいのです。
さらに、社長は経営リスクを背負っている。
社員は給料を受け取る立場で仕事をしている。
この立場の違いもあります。
だから、社長の危機感がそのまま社員に伝わるとは限りません。
社長が
「このままだとまずい」
と思っていても、社員は
「今月も給料は出ている」
「いつも通り仕事をすればいい」
「なぜ急にそんなに焦っているのか」
と感じていることもあります。
ここに温度差が生まれます。
だからこそ、必要なのは精神論ではありません。
「もっと本気で考えてくれ」
「危機感を持ってくれ」
「経営目線で動いてくれ」
と繰り返すだけでは、現場は変わりにくいです。
必要なのは、「何を大事にして、何を先にやるのか」まで、社長が言葉にして伝えることです。
経営目線を求める前に、判断基準を共有する
社員に経営目線を持ってもらいたいなら、まずは判断基準を共有することが大切です。
たとえば、
利益率を優先するのか。
売上規模を優先するのか。
顧客満足を優先するのか。
スピードを優先するのか。
品質を優先するのか。
今は守りの時期なのか。
攻めの投資をする時期なのか。
こうした判断基準が共有されていないと、社員は自分の感覚で判断するしかありません。
その結果、社長から見るとズレた行動に見えてしまいます。
しかし、社員からすると、言われた通りにやっているつもりなのです。
ここで必要なのが、経営の仕組み化です。
社長の頭の中だけにある判断基準を、社員にも分かる言葉にしておくことです。
これができると、社員は少しずつ自分で判断しやすくなります。
経営の仕組み化は、認識のズレを減らすこと
「もっと経営目線で考えてほしい」
この言葉自体は、決して間違っていません。
ただし、そのままでは社員に伝わりにくい言葉です。
なぜなら、社長と社員では、見ているものも、背負っているリスクも、判断の前提も違うからです。
社員に経営目線を求めるなら、まず社長の頭の中にある経営の前提を、現場が使える形にする必要があります。
何を大事にしているのか。
なぜ今それをやるのか。
どこまでできれば十分なのか。
何を優先して判断すればいいのか。
自分の仕事が売上や利益にどうつながるのか。
そこが共有されてくると、社員も少しずつ自分で考えやすくなります。
社員が動かないのではなく、動ける形まで伝わっていないだけかもしれません。
社長には、大きな方針を話すだけでなく、現場が動ける言葉に直す力が必要なのだと思います。
会社として目指す方向を、今日の仕事に落とし込んで伝える。
この行き来ができるようになると、社長と社員の会話は少しずつ噛み合うようになります。
経営の仕組み化とは、社長の頭の中にある目的や判断基準を、現場で使える形に変えていくこと。
社員に経営目線を求める前に、まずは経営の前提を共有する。
そこから、組織は少しずつ動き始めるのだと思います。

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